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ラオウが逝った、そんなさびしさ。

一つの時代が終わった。

 

ありふれた言葉。

 

でも、相応しい言葉。

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2015年7月31日、中目黒の名店『珈琲るぱん』が37年の歴史にピリオドを打った。

 

溯ること半年。はじめて『珈琲るぱん』の敷居を跨いだ。

 

「一見さんには敷居が高く、常連さんには実家のようなおもてなし」という噂が一人歩きしていた。

が、実際に足を踏み入れてみると、高級店などでよく聞く「一見さんお断り」とは少し様子が違った。

 

ランチ時の店内は、足繁く通う常連客で埋め尽くされている。昔からのお客さんを大切にしたい、常連さんを極力待たせたくない。そう思う、おじさんおばさんの優しさが、限られた座席数の倍率を高くしただけだった。開店当初、フラッと訪れた客に食い逃げされた、というホロ苦い経験もその一因だろう。

 

あのメニューが絶品、ここに行ったら必ずこれを食え。

 

口コミや星の数で評価される店ではない。

 

グルメを超越した"何か"がここにはあった。

 

そう昭和の空気。

 

これまたありふれた言葉かもしれない。

 

トーンを落とした照明。ゆっくり座ってタバコとコーヒーが楽しめるボックス席。スポーツ新聞を隅から隅まで読める居心地の良さ。久々に実家に帰ったような、得も言われぬ安堵感。それが、るぱんの魅力だった。

 

つかず離れずの距離感。

 

37年間で培った、おじさんとおばさんの阿吽のコンビネーション。

 

千円札を渡して10円戻ってくる、帰り際のやり取り。

 

すべてに魅了された。

 

 

 

ファーストコンタクトから一ヶ月が過ぎたある日。

 

るぱんには"常連さんの名前がついた特別メニュー"があると知った。

 

カウンター横の壁に貼られた一枚の紙。常連さんの名字と、その横にフランク、カレーかけ、目玉あり、など特別メニューと思しき隠語の数々。その数、わずか20名。特別感。狭き門。

 

邪な気持ちが芽生えた。

 

俺の名前がついた特別メニューが欲しい。

 

千里の道も一歩から。

 

まずは、顔と名前を覚えてもらうところから。

 

心に火が付いた。

 

常連客で賑わうゴールデンタイムを避け、ランチが終わりかけた14時前後を見計らって、一人でフラッと訪れる「まだあいてる?」作戦からはじめた。

 

同じ時間帯に通うことで、顔だけはかろうじて覚えてもらった。

 

たまに、おばさんが世間話を振ってくるようになった。最新号のフライデーを手渡されるまでになった。

 

地ならしは上々だ。

 

 

 

さらに1ヶ月が過ぎた展示会のある日。

 

すでに、常連客の"殿堂入り"を果たしている、ULTRA HEAVYの石川さんが何気なく放った一言。

 

「モーニングのホットドッグも美味いよ」

 

その言葉を聞いた翌日から、大人数で朝食のホットドッグを食い荒らし、パンを品切にさせる団体戦が始まった。大阪から定期的に通う、これまた殿堂入り常連客の一人、Palm Graphicsの豊田さんの力も借り、一軍常連客への階段を一歩、また一歩と上っていった。

 

※余談だが、店主は石川さんのことを「リサーチの方」と呼んでいた。マウンテンリサーチ前でおじさんとちょくちょくすれ違う間柄らしい。さすが、るぱん歴30余年。そんなエピソードすら羨ましい。

 

よし、そろそろ次のステージへ進まねば。

 

雨の日も。風の日も。目黒川が氾濫しそうな嵐の日も。晩飯に揚げ物をたらふく食べた翌日も。今日は胃の調子が悪いからうどんくらいが……と思った日も。ひたすら『るぱん』に通い続ける作戦に出た。

 

週3、週4は当たり前だった。無理が祟って胃腸炎で入院したこともあった。退院した翌日もこりずに『るぱん』に挑んだ。

 

たまに浮気もした。

 

浮気した翌日はおばさんの目を直視できなかった。

 

 

 

3ヶ月が過ぎたころから、常連客で混み合うゴールデンタイムを主戦場とした。

 

座っただけで料理が運ばれてくる、"一軍常連メニュー"にも目を光らせた。

 

「すいません、あの唐揚げにジャンボフランクが付いたメニューはなんですか?」

 

「ああ、あれは○○さんのオリジナルメニューですよ」

 

「俺も○○さんメニュー頼んでいいですか?」

 

「……いいですよ」

 

別の日。

 

「あの人のライスにカレーがかかってますけど、俺のライスにもカレーかけてもらえますか?」

 

「…いいですよ」

 

明くる日。

 

「コロッケの代わりに唐揚げにしてもらっていいですか?」

 

「いいですよ(笑)」

 

 

こうして、おじさん、おばさんとの距離を一歩づつ縮めていった。

 

ポジティヴな牛歩戦術

 

ついに、常連客で混み合うゴールデンタイムにもかかわらず定位置が用意される、8合目まで上り詰めた。

 

あとは名前を覚えてもらって、あれしてこれして...etc

 

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悲しみは突然やってくる。

 

一軍入りまであと少し。手応えを感じはじめた矢先。壁に貼られた閉店のお知らせ。

 

「体力の限界」

 

千代の富士の引退会見のような言葉が印象的だった。

 

年代物のテーブルと椅子。年期の入ったトースター。油でガラスが曇った壁掛け時計。昭和の家には必ずあったミッキーマウスが描かれた鉄製の細長いゴミ箱。カウンターのこっち側はおばさんのテリトリー。すりへった絨毯はルーティーンワークの軌跡。カウンターの向こう側はおじさんの定位置。一段落すると、くわえタバコで皿洗い。見慣れた景色とも今日でお別れだ。

  

一軍入りの夢は、志半ばで潰えた。

 

おじさん、おばさん、37年間お疲れ様でした。

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さて、明日から何食おうかな?